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京都地方裁判所 昭和59年(ワ)1379号 判決

原告(反訴原告)

楠本美津雄

被告(反訴被告)

藤田明美

主文

一  反訴被告は反訴原告に対し、金一五九万五五七四円及び同金員につき昭和五九年七月二一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その三を反訴原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  反訴被告(以下「被告」という。)は、反訴原告(以下「原告」という。)に対し、金六五〇万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

(一) 日時

昭和五六年八月三日午前七時三〇分頃

(二) 場所

京都市伏見区桃山町丹後一〇番地、市道京都外環状線上交差点

(三) 態様

被告が普通貨物自動車(京都四〇さ二四四五、以下「被告車」という。)を運転し、東西に通ずる右環状線上を西進して交通整理の行なわれている事故現場の交差点に進入した際、南北に通ずる道路を北進して同交差点に進入した原告運転の原動機付自転車(伏は五七七、以下「原告車」という。)の右側面に衝突し、原告は、外傷性頸部症候群、頭部外傷及び腰椎捻挫等の傷害を受けた。

2  責任原因

被告は、被告車を自己のため運行の用に供していたのであるが、対面の信号機の表示赤であつたから、右交差点手前で停止すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然と進行した過失により、対面の信号機の表示青を確認のうえ同交差点に進入した原告車に被告車を衝突させて、原告に対し前記傷害を負わせたものであるから、民法七〇九条及び自賠法三条に基づき原告の受けた損害を賠償する責任がある。

3  治療経過

原告は、昭和五六年八月三日から同年一二月二八日まで一四八日間、医療法人弘仁会大島病院に入院し、退院後も翌五七年九月九日まで同病院で通院治療を受け、更に、同月一〇日から京都労災研究所社会復帰センター西田診療所において、社会復帰めざして現在もなお通院加療中であるが未だ社会復帰の時期の確実な見通しもたつていない。

4  損害

(一) 休業損害

(1) 休業期間

昭和五六年八月三日から昭和五九年八月二日

(2) 原告の事故前の平均給与

月額三八万八〇〇〇円

(3) 労災保険に基づく休業補償給付

八三五万八〇二六円の支給を受けた。

(4) 以上休業損害五六〇万九九七四円

(388,000×36月-8,358,026=5,609,974円)

(二) 入院雑費

(1) 入院期間

前記一四八日間

(2) 日額

一五〇〇円

(3) 計

二二万二〇〇〇円

(三) 妻の休業補償

ホステスを業としている原告の妻早美は、日給一万五〇〇円の収入を得ていたが、原告の入院により、当時二歳の子供の世話をする者がなくなつたため、原告の入院期間中ホステスの勤務ができず、その間少なくとも月三三万円計一五八万円の減収を招いた。

(四) 慰謝料

原告が本件事故の受傷により受けた精神的苦痛を慰謝するため三五〇万円が相当である。

(五) 弁護士費用

原告は、反訴提起に当たり、本件訴訟代理人に訴訟委任をし、その報酬として請求認容額の一〇パーセントを支払うことを約した。

5  よつて、原告は、被告に対し、右損害合計金額からすでに被告から受領した金員を差引いた八〇〇万円余の内六五〇万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の交通事故発生の事実は認める。

2  同2項の責任原因のうち、事故原因事実は否認し、その余の事実は認める。

本件事故は、被告車が対面の信号機の表示黄で同交差点に進入したところ、原告が信号機の表示の確認及び左右の車両の動向の注視を怠り、未だ対面の信号機の表示が赤であるのに、見込み発進して同交差点に進入したために惹起したものである。

3  同3項の治療経過のうち、原告が本件事故発生後医療法人弘仁会大島病院に、昭和五六年八月三日より同年一二月二八日まで入院加療し、その後、昭和五七年九月九日まで通院治療を受けた事実は認め、その余は知らない。原告は、昭和五七年九月九日頃には、ほぼ治癒した状況にあつた。

4  同4項(一)の休業損害のうち、事故当日の昭和五六年八月三日から翌五七年九月九日までの休業は認めるが、所得額は否認する。

同(二)の入院雑費につき入院期間は認めるが、一日七〇〇円の割合で認められるべきである。

同(三)の入院に伴う損失につき知らない。

同(四)の慰謝料は一三〇万円が相当である。

同(五)の弁護士費用につき知らない。

三  抗弁

1  過失相殺

仮に被告の責任が認められるとしても、本件交差点を北進する原告車両としては、前述のように対面の信号機の表示の確認及び左右の車両の動向を注視する注意義務を怠り、未だ同表示が赤であるのに同交差点に見込発進した。

2  弁済

被告は原告に対し、治療費六二万二四五〇円のほか、三五五万〇〇七六円を弁済した。

四  抗弁に対する認否

抗弁1項の過失相殺に関する主張事実は否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  交通事故の発生

請求原因1項の本件交通事故発生の事実は、当事者間に争いがない。

二  被告の責任

成立に争いのない甲第二号証によると、被告は、被告車の保有者であつて、勤務先へ出勤するため被告車を運転していた事実を認めることができ、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

そうだとすれば、被告は本件事故の際、自己のために被告車を運行の用に供していた者というべきところ、自賠法三条但書所定の免責要件につき主張・立証がないから、同法条本文の規定に基づき原告が被つた人的損害を賠償する責任がある。

三  治療経過

原告が本件事故発生当日の昭和五六年八月三日から同年一二月二八日までの一四八日間、医療法人弘仁会大島病院に入院し、退院後も翌五七年九月九日まで同病院で通院加療を受けたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない乙第一号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める乙第八号証に、原告本人尋問の結果によると、原告は昭和五七年九月一〇日、京都労災研究所社会復帰センター・西田診療所に転医し、外傷性頸部症候群、頭部外傷及び腰椎捻挫の病名により同五九年五月一〇日までの間に四四五日通院し、理学療法のほか鎮痛剤の投与など対症療法的な治療を受けており、更に同六〇年四月一一日付・社会復帰センター医務室という肩書を付した医師宮田学は、原告につき頭部外傷、腰椎捻挫、外傷性頸部症候群、右上腕肘打撲及び左下腿打撲捻挫の傷病名により加療中であると診断していること、以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

ところで、成立に争いのない乙第五号証によると、原告が本件事故により大島病院へ入院した日の翌日、同病院医師の診断によると、頭部外傷、外傷性頸部症候群、腰椎捻挫、右上腕肘打撲及び左下腿打撲捻挫の病名により、約二週間の入院加療を要する見込みと診断されていることが認められ、この認定に反する証拠はない。もとより、この診断は、当初の予測であるから、これだけを楯にして原告の余後を判断し得ないことはいうまでもないが、すくなくとも当初の所見がそれほど深刻なものでなかつたことも、動かし難いところというべく、大島病院を退院した昭和五六年一二月二八日の時点では、受傷も相当程度安定の域に達していたことを推測するに難くない。そして、原告は、退院後も昭和五七年九月九日までのかなり長期に亘る期間、大島病院で通院加療を受けていたのに、前認定のとおり転医しているところ、その間の事情が明らかでないうえ、その後も本件事故による受傷が治癒しないとして治療を継続しているのであつて、この事態は、通常の治療経過の域を遥かに超えて遷延しているといわざるを得ず、かかる場合、原告において遷延の原因をなす他覚的所見などを明らかにしない限り、右治療の継続を本件事故によるものと即断することは相当でない。

この見地から考察すると、前掲乙第一号証に記載の所見だけでは不十分であり、結局のところ原告につき遷延の原因をなす他覚的所見など首肯するに足る理由が明らかでないというほかないから、大島病院への通院の最終時点である昭和五七年九月九日までを、本件事故による要加療期間と認めるのが相当というべきである。

四  損害

1  休業損害

原告本人尋問の結果及び同結果により真正に成立したと認める乙第六号証によると、原告は、本件事故当時、土木請負業の福田組で日雇的な立場で働いていたのであるが、同組では使用人の給与所得について源泉徴収をしていないし、労働保険料も納付していない程度の業者であること、原告は出勤途上の事故として、福田組の元請になる玉井建設株式会社の従業員扱いにより、事故前三か月の平均賃金月額三八万八〇〇〇円として、その六〇パーセント相当につき労災保険給付を受けていること、以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

そして、原告が事故当日の昭和五六年八月三日から翌五七年九月九日まで休業したことは、当事者間に争いがなく、前叙治療経過に鑑みると、右の期間はまずまず休業を要したものと認めるのが相当というべきである。

ところで、前掲乙第六号証に原告本人尋問の結果及び同結果により真正に成立したと認める乙第三号証によると、原告の事故前三か月の平均賃金月額は三八万八〇〇〇円である。右に認定した福田組の実体からすると、この平均賃金月額の基礎数値には疑問がないわけではないが、労災保険給付の関係でもこれによつていることに鑑み、休業損害算定の基準とする。

すると、原告の休業期間は一三・四三か月であるから、この間の休業損害は五二一万〇八四〇円になるところ、その六〇パーセント相当は労災保険給付により填補されているから、休業損害残額は二〇八万四三三六円となる。

2  入院雑費

原告の入院期間が一四八日であることは、前叙のとおりであるところ、入院を余儀なくされたことに伴う出費は、一日一〇〇〇円の割合で計算した合計一四万八〇〇〇円の限度で、本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

3  妻の休業損害

成立に争のない甲第九号証に、原告本人尋問の結果及び同結果により真正に成立したと認める乙第七号証によると、本件事故当時、原告方の家族構成は、妻早美、養子克之(昭和五〇年一二月出生)及び長男正美(昭和五四年九月出生)であつたこと、妻は夜間、「スナツク蘭」にホステスとして勤務し、その間は原告が長男らの世話をしていたのであるが、原告の入院中、妻が勤務を休まざるを得なかつたこと、そこで、原告と被告との交渉の結果、被告は原告に対し、原告が入院している間の妻の休業損害を支払う旨を約束したこと、原告の妻の当時の平均収入月額は四三万円であつたこと(この点についても原告の収入につき指摘したと同様の疑義がないわけではない)、以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

ところで、原告の妻のホステスとしての勤務には、職業柄すくなくとも収入の二割を超える経費を伴うことは明らかというべきであるから、これを二割として控除すると平均月収は三四万四〇〇〇円である。そこで、入院期間四・九三か月として算出すると、一六九万五九二〇円となる。

4  慰藉料

原告が本件事故の受傷により受けた精神的苦痛を慰藉するためには、二〇〇万円をもつて相当と認める。

5  まとめ

以上合計額は五九二万八二五六円である。

6  過失相殺

(一)  成立に争いのない甲第一号証によると、信号機による交通整理が行われていた本件事故現場の交差点は、東西に直線的に通ずる市道京都外環状線と南北に通ずる道路が交差しているのであるが、南北に通ずる道路の交差点北側部分は、同南側部分よりも幅員が西側に拡幅されている関係上やや変形になつていること、従つて、原告のように同交差点を南から北に通過する際には、道路を北北西方向にとる必要があること、同交差点の信号機の表示は、東西側が青六〇秒、黄五秒、全赤二秒、赤三七秒、南北側は青三〇秒、黄五秒、全赤二秒、赤六七秒であつたこと、被告車前部が原告車右側面に衝突した地点は、被告車の側からだと交差点手前の横断歩道東端から約二六メートルの距離があること、以上の事実を認めることができ、この認定を動かすに足る証拠はない。

(二)  次に、前掲甲第一号証、成立に争いのない甲第三号証に、原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)によると、原告の発進前の位置は、南北道路南詰めの横断歩道を通り越した地点で、そこから衝突した地点まで約五・四メートルの距離があり、東西道路の東方への見通しは良好であることを認めることができ、この認定に反する原告本人の供述部分は措信できず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

(三)  ところで、前掲甲第一号証、同第三号証及び原告本人尋問の結果によると、原告は時速約一〇キロメートルで発進したというのであるから、それが事実とすれば右認定の衝突地点には約一・九秒で到達することになる。他方、前掲甲第一、第二号証及び被告本人尋問の結果によると、被告は時速約四〇キロメートルで進行していたというのであるから、それが事実とすれば、前認定の横断歩道東端から衝突地点まで約二・三秒であり、衝突地点から約一・九秒を逆算した被告車の位置は右横断歩道を若干超えた地点ということになる。

(四)  問題は、原告車が発進した時及び被告車が交差点に進入した時点のそれぞれ対面の信号機の表示であるが、原・被告本人の供述は事実として両立し得ない関係にあるところ(もつとも、被告本人の供述によるとした場合でも、被告は、交差点手前で安全に停止することができない事情が窺えないのに、無理に同交差点に進入したとの批判を免れない。)、どちらの供述が真相を伝えるものであるかを確定し難い。

しかし、原告本人の供述に従うとしたところで、右に説示したように、原告側から東方への見通しが良かつたのであるから、車両の動向に注意しておれば、原告車が進行して来ることは容易に判明したのに、原告は、全く右の注意を払うことなく発進しているのであつて、本件事故の発生に一因を与えていることを否定できない。この点に鑑み、原告の損害につき一五パーセントの過失相殺を認めるのが相当である。

(五)  よつて、前記損害合計額五九二万八二五六円に、被告が支払つた治療費分六二万二四五〇円(この点は原告において明らかに争わないから自白したものとみなす。)を加算した額につき一五パーセントの過失相殺をすると、五五六万八一〇〇円となり、これから右治療費分を差引くと損害額は、四九四万五六五〇円(円未満の端数は切捨て)である。

7  弁済

被告が三五五万〇〇七六円の弁済の主張をするところ、原告において明らかに争わないから、右事実を自白したものとみなすべきである。

すると、損害残額は一三九万五五七四円となる。

8  弁護士費用

原告が本訴の提起追行を弁護士に委任していることは明らかであるから、事案の難易、請求額や認容額などを考慮すると、二〇万円の限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

五  結論

以上の次第であるから、被告は原告に対し、一五九万五五七四円及び同金員につき履行期到来後である本件反訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和五九年七月二一日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべく、この限度で原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却する。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、仮執行宣言につき同法一九六条を、各適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 石田眞)

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